ハチロクSL人吉号が復活するそうなので,廃止される富士ぶさの記憶をつらつらと

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『熊本発着の頃』

今年のGWと夏休みに九州でSL人吉号が復活するのだそうで
SLあそBOYを乗り逃したしお爺としては行ってみたいな~などと思っているワケで…
九州を往復するとなれば,以前であれば九州夜行となるのだけれど
残念ながら最後に残った『富士ぶさ』もそれより前の3月21日で廃止になってしまっている
それにしお爺には最長でも2泊3日の縛りがあるし,行くとすればやっぱり飛行機往復かなあ…

なんてコトはさておき(.。)☆\バキッ
ついに東京発着最後のブルートレイン富士ぶさも3月でついに廃止される
夜行としてサンライズはまだ残るけれど,青い客車はもう見られなくなってしまう…
これから先3月までに乗れるかどうかは解らないけど
富士・はやぶさの記憶などをつらつらと(^^;

何せ昔のコトなのでデジカメなんぞをまだ持っておらず,写真は無しっ(.。)☆\バキッ
単独運行はやぶさのきっぷを発掘してきて載せるのが精一杯…
それでも10年以上前のコト
この後,さくらと併結になってから長崎からの帰りに1度乗った記憶があるが
きっぷは発掘できなかった(気合で探せば発掘できると思う…,が,気合が無いっ



ますは『はやぶさ』

はやぶさは博多到着の時間が仕事入りに丁度良かった(ダイヤの時代もあった)ので
本来なら前泊で入るべき東京からの博多出張で時々使っていた
時間的には長崎・佐世保行きのさくらでも良かったのだけど,出張でスーツ着て乗るには
オープンロネではちょっとなあ…ってのもあって,はやぶさの個ロネ,個ハネを使っていた
どーせ新幹線往復交通費とは別に前泊分の料金は仕事先から出るので
個ロネの分を援助してもらえたと思えばおっけ~だったのだd( ̄▽ ̄)☆\ぱこ

この頃のはやぶさには営業中の食堂車も連結されていたし
ロビーカーにあった自動販売機でいつでもビールが買えたので
乗ってからもグビグビ,ビール三昧のしお爺であった

東京発の時間がちょいと早かったので時間に余裕がないと始発からは乗れなかったけど
間に合わなければ名古屋まで新幹線で追いかければよかったので
八重洲地下街の飲み屋さんには一仕事終わってからお世話になったものだった(^^;
今だったらさしずめ『エキナカ』かな

飛行機の嫌いなしお爺は博多出張からの帰りにも鉄道を使う事が多かったけれど
翌日が仕事の場合はさすがに夜行でのんびりと東京駅に到着~ってワケにもいかないので
戻りには新幹線を使う事が多かった
翌日が休日の場合は迷わず戻りは夜行列車d( ̄~ ̄)
ただし交通費以外の後泊分の援助は無し(^^;
戻りの夜行には当時まだ走っていた博多あさかぜを使う事が多かったけれど
博多でゆっくりラーメンを食べたりするには時間的に厳しかったので
帰りも博多からはやぶさを使うか,在来線で小倉まで行って富士に乗るか
はたまた新幹線で広島あたりまで追いかけてラウンジカーと改造個ロネの入った
下関あさかぜに乗ったりもしたっけな…

せっかく博多まで出張で行ったのだから,旅費を援助してもらえたと思って後泊して
翌日,まだ電化されてなかった頃の筑豊線の50系客車の普通列車に乗ったり
急行由布火の山,今も走ってるゆふいんの森で大分まで行ったりして
出張にかこつけてたっぷりと鉄分補給をしていたしお爺であった

残念ながら出張で鉄分補給をしていた頃のきっぷは多分残っていない
探せば細切れには発掘できるかな…

はやぶさに初めて乗ったのは,しお爺の奈良時代…
と言っても,しお爺いくら爺さまでも1500年も生きているワケもなく(.。)☆\バキッ
リアルな大和朝廷も平城京なんて当然見た事もなく(.。)☆\バキッ(.。)☆\バキッ
大阪勤務で奈良県に住んでいた頃で,今からン十年前のコト(^^;
夏休みに九州旅行を計画して,長崎,鹿児島と回った帰りに始発から乗ってみた

この頃は1日2本くらい博多発のにちりんが西鹿児島まで走っていたので
これに乗ってみるのも目的の一つだった
2本くらいと記憶しているのは,長崎の宿で寝過ごしてしまい
1本目のにちりんに乗れなかったので慌てて時刻表を調べたらもう1本あるのを見つけて
慌てて長崎駅に行って乗変したってワケなのだd( ̄~ ̄)☆\ぱこ

西鹿児島から乗ったはやぶさは熊本まではオールハネの時代だったので
熊本からの個ロネのきっぷを持っていたしお爺,指定席特急券で熊本まで乗った
熊本までの途中で前日に東京を出発した下りはやぶさとすれ違い
この西鹿児島行きの編成が,翌日東京へと戻って行くことになる
毎日運行のはやぶさ用の西鹿児島編成は最低3編成が必要なワケで
さすがに長い距離を走る列車だけのことはあるなあと妙に感心したものだった
今となってはこんな運用をしてるのは金土日のトワイライトくらいかな…

熊本駅で連結作業を見学してから
なが~い編成になったはやぶさの個ロネに初めて乗り込んだ
この時が初めてだったので見るもの全部が珍しく
既に車齢はかなりのモノだったけれど,オリジナルのままの金色(黄色?)のモケットや
コンパクトな洗面台やコンセントなどにウキウキしていたしお爺であった
夜の車窓を楽しむのに部屋を真っ暗にできるってのも嬉しかったな~

当時はまだ門司駅のホームの売店で門司のかしわめしと言う
折尾の東筑軒のかしわめしもどきの弁当を売っていたので
機関車付け替えの時間を利用して九州からの帰りによく買ったものだった
んが!,この時買えたかどうかは定かではないっ(.。)☆\バキッ

初めて乗るはやぶさは始発から終点までと決めていたので
深夜に通り過ぎる大阪や京都をスルーしてそのまま東京まで行ったコトは覚えている
東京からどうやって戻ったかの記憶が無いので
多分,新幹線でぴゅ~っと京都までワープしてから
近鉄特急を使って帰宅したんだと思う…
名古屋からかもしんない(.。)☆\バキッ



続いて『富士』

大分や北九州への出張が無かったので,最初の愛称列車である富士には
はやぶさに比べると数えるほどしか乗っていないしお爺
はっきりと覚えているのは奈良在住の頃の夏休み前に
弟と長崎に行った時に東京駅まで行って乗ったコトくらいで
あと1~2回乗ったような乗らなかったような…,う~ん曖昧(^~^;
弟と行った時は大分で降りたし,別の機会に宮崎まで行って戻った記憶があるので
あと2回は乗ったかな…( ゚-゚)トオイメ

弟と長崎に行った時のきっぷを探したら切れ切れには残っていたけれど
肝心の富士のきっぷだけがなぜか残ってない…
記憶には残ってないけど,大分で出場した時に回収されちゃったのかな
この旅行では確か富士の個ロネを隣り合わせで2枚取って乗ったと思う
わっしは何度目かの個ロネ乗車だったけれど,弟は初めてで
けっこうはしゃいでいたのを思えている(^-^;

この旅行は奈良から近鉄で京都に出て,京都からは新潟雷鳥で新潟へ
新潟から上越新幹線で上野に(当時はまだ上野止まりだった)出て
時間の厳しい中を山手線で東京駅,そこで富士に乗り込んで大分へ
大分から急行火の山で熊本,熊本から有明で博多に戻ってから
かもめで長崎へというかなりの鉄三昧な行程だった
一筆書きで東大津~長崎の乗車券を買って
京都~東大津,宮内~新潟往復と鳥栖~博多往復乗車券は別に乗り越し清算
この乗車券は残念ながら長崎の出札で回収されてしまった
今だったら精算所で乗車記念の無効印を貰ったのになあ…,ザンネン

この旅行,帰りはさくらで東京駅まで戻ってきて
中央線のあずさで塩尻まで戻って,大阪しなので京都まで戻ったのだけど
行きの富士は季節外れの台風に遭遇して日豊線内の豪雨で遅れ
帰りのさくらは東海道線の踏切事故の影響で1時間半くらい遅れてしまった
おかげで東京駅で中央線は待たせるわ,新宿駅であずさも待たせるわ…
しかも『東海道線踏切事故の影響で連絡列車が遅れて乗り換えのお客が…』
なんてとんでもなくとんちんかんな車内放送をあずさで流されて赤面したりと
しお爺が長距離を動くと何かが起こるを証明したような旅行になったのだった

弟と2人で鉄旅をしたのはこれが最初で最後だなあ…
多分,これから先もないだろうし(^^;



3月に『富士ぶさ』が廃止されると
一部の豪華北海道夜行を除いて客車寝台で残るのは
『北陸』『あけぼの』『日本海』『はまなす』くらい…
電車を入れても『サンライズ』『きたぐに』

鉄道を本来の移動手段として捉えれば時短効率化を図らないと
競合する安い高速バスや速い飛行機に太刀打ちできないし
夜行列車で使われている機材の老朽化と
今の仕組みでは仕方ないけどそれに見合わない(と思う)料金設定
国営鉄道であれば採算度外視の運行もできなくはないだろうけど
民営化された1民間企業にそれを求めるのも厳しい気がする

豪華夜行もE26系285系(豪華なのか?)以来新造もないし
やっぱり狭い日本での長距離夜行列車は消えて行くしかないのかなあ…

幸いと言うか何と言うか
しお爺の出張での全国行脚の時期と
夜行列車の末期が重なったおかげで
その時点で走ってた夜行の殆どに乗ることはできたけど
しお爺,仕事から引退した後で
ゆっくり鉄旅を楽しみたいと思っても列車が無いっ
ってのは,やっぱり寂しいなあ…

なんて思う,しお爺の今日この頃なのでありました(.。)☆\バキッ

写真も無いのに,えらく長くなってしもーたワイ(v_v;)

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この記事へのコメント

2009年02月01日 18:14
こんばんは~
列車での旅をあまりしたことがなかったドラ猫ですので、楽しく拝読させていただきました~
はやぶさ、富士だけでなく色々な列車に乗車されたのですね、援助してもらって・・・w
自分は仕事場が関東地方だけで、出張とか皆無なので、お仕事ながら羨ましいです~♪
旅が楽しみたくても列車が無いというのは寂しいですよね。
列車が旅するものから単なる移動手段になってしまいましたからね・・・
他の列車も廃止になる前までは乗ってみたいなぁ~と思っております。
しお爺
2009年02月01日 21:38
>ドラ猫さん
ある事がきっかけで鉄旅を始めた時期が転職と職種の変遷時期で,それがたまたま燃え尽きる前の蝋燭のような夜行列車の時期と合致してしまったのですネ(^^;
今思えば全部自費で乗ってたら大変なコトになってたでしょう(.。)☆\バキッ
半額くらいでしたが寝台料金が捻出できたのが乗りまくりに大きく寄与してくれたのでありました
あ,残りや休日の分は当然自腹デスd( ̄▽ ̄)☆\ぱこ

鉄道としての新幹線はそれはそれで必要だし,移動手段として乗ってても楽しくないワケはないんですが,何だか『アジ』みたいな鉄分の調味料が足りない感じがして乗ったら乗ったで消化不良になってしまうしお爺デス(^^;

弟と一緒に鉄旅行をしたのは1度きりでしたが,弟もおそらく一度にあれだけ鉄分補給をしたのは初めてだったでしょう…,オトコの子って鉄道好きが多いのネ(.。)☆\バキッオマエモダロ

もう引退した時を考える時期になってきてしまったしお爺ですが,その頃になってゆっくりと噛み締めるような鉄旅をしたくても乗るべき列車が無くなってるってのは何だか悲しいですね~
ちゃむ
2009年02月03日 22:50
寝台車に乗って京都に行ってたころを思い出しました。夜行バスでも行きましたが、足を伸ばしてゆっくりできる寝台車は楽しみです。
銀河は廃止しましたね。去年の3月ごろかしら。
もう1回乗ればよかった.....後悔....
いつでも乗れるなんて甘い考えがいけませんでした。
コンコルドも....なくなってしまったし....
(あれはお高いから..無理~)
しお爺
2009年02月04日 09:02
>ちゃむ様
今となっては寝台列車での旅行は時間とノスタルジーを買うような贅沢な旅行になってしまったのかもしれませんね~,残った列車を見てもそんな感じがするです(^^;

銀河は大阪出張に便利だったのでよく使ったです。廃止の前に乗ろうと思ってたですが,間際になってからはいつも満席…。ずっとこうだったら新車導入とかのテコ入れで廃止にならなかったかも…,なんてコトはないか(.。)☆\バキッ

そう言えばコンコルド,ありましたね~
日本国内を飛んでくれなかったから,海外に行かないしお爺,乗る機会も無いままなくなっちゃいました( ̄▽ ̄;)
燃費の悪さとかなりの騒音だったみたいなので,国内では飛べなかったのかな?