昨日に続いて旅の記憶-『さくら』

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『半世紀以上も走ったさくら』

今日もまた昔行った旅行の話題,しお爺,耄碌しちまったかナ(v_v;)
鉄道話題にはコト欠かない『乗り鉄』を自認するしお爺,困った時のブログネタだあー(.。)☆\バキッ

東京と長崎を17時間以上もかけて結んでいた『寝台特急さくら』,最後は『はやぶさ』に併結される形となって,去年の2月28日をもって廃止された。昭和4年に『富士』と共に登場した由緒ある列車愛称第一号,途中,戦況悪化による優等列車廃止で一時期愛称も廃止されたが,昭和34年また復活したものの,列車の高速化や新幹線の充実,夜行列車の個室化に伴って,栄光の『1列車』もその役目を終えた。60年ものながきにわたってお疲れさまなのダ。

なんちゃって(^-^;☆\ぱこ

車両も老朽化が進んでいたし,需要も少ないんでは廃止はしゃーないナと思うしお爺だった。

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『さくら乗車記念』

しかーし,『さくら』にはしお爺,かなりの思い入れがアル。20年前,しお爺が初めて『A寝台』に乗った列車だった。乗るきっかけになったのが,しお爺にとってはとてーも悲しい出来事だったコトも思い入れに繋がっている。初めて乗った『さくら』のA寝台で,九州に入った時に雪が降り出したコトも,悲しい気持ちに追い討ちをかけられたような感じがして強烈に印象に残っている。

長崎・佐世保行きの単独運行当時の『さくら』のA寝台は開放式で上下段合わせて28席,下り『さくら』は座席状態で出発して夜は静岡で寝台に,朝は徳山付近で座席に戻された。
上りは寝台状態で長崎を出発し,豊橋あたりで座席に戻されていた。それ専用の係員も居たりして,ずいぶん無駄なコトをするナと思ったものだった。

同じく九州夜行の『みずほ』(熊本・長崎-東京)が廃止された時に抜かれたA寝台が一時期佐世保編成の『さくら』にも入れられていて,開放式のA寝台が2両という珍しい編成の時期もあった。しお爺,研修でハウステンボスに行った帰りにこちらにお世話になったのダ。

写真は,当時横浜に住んでいたしお爺が『平成5年3月3日』に長崎から横浜まで乗車した時のきっぷとオレンジカード。ん?,オレンジカードって今もあるのカ?( ̄▽ ̄;

横浜で『さくら』から下車したしお爺,いったんうちに戻ってシャワーを浴びてもっかい横浜駅に。そこで当時横浜始発だった『北斗星トマムスキー』(横浜-トマム)に乗ってトマムにスノーモービルに乗りに行ったのだった。ん?やっぱり走り屋しお爺なのカ?(.。)☆\バキッ

同じ月の3月15日をもって,国内の食堂車の営業が終わったコトも付け加えて…,ちゃんちゃん(.。)☆\バキッ

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この記事へのコメント

梅吉にゃんこ。
2006年04月25日 22:33
しお爺・・・思い入れがあるもの多くていいなぁ・・。
それだけ色んな経験してるって事か。

今日の音声、なかなか面白いっす♪
こういうのを聞いたことがないから新鮮。
「長崎発」の方に入ってる人の声。
みんなに愛されていた列車なんだね。
はてさて
梅吉がお陀仏になったときこれだけ惜しまれるのか?と思うと、いささか羨ましかったりもする。
しお爺
2006年04月25日 23:20
うーん,梅吉っちゃんにも思い出の中に思い入れのあるものっていっぱいあるでしょ?d(^-^)

しお爺,そんなに経験が多い波乱万丈な人生ではないゾ…,ないと思ふ…,無いと言ってくれー(.。)☆\バキッ

『音』,面白いな~と思って吸い出してみました。『ありがとー』『おつかれさまー』の声に見送られて出発するラストランの『さくら』,てっチャン的には涙もんです(^-^;