叔父さん

今日は静岡の叔父の7回忌,しお爺は行かないが,母が出席する。

しお爺は,6年前に亡くなった静岡の叔父に高校時代にとてもお世話になった。
だったらなぜ行かん(.。)☆\バキッ

高校時代に駆け落ちした後,1年足らずの間山梨で世話になったのは祖母の家。
矍鑠としていた祖母は毎日しお爺のために食事を作ってくれた。
得意技はマグロの赤身の醤油焼き。

甲府はなぜか魚が旨い。らしい。
謙信がしお爺ヾ(^^;塩を贈ったかどうかは定かではないが,駿河から船便で良い魚が入っていたという話を聞いた。船便ってコトは富士川を上ったんかいな,すっげ~。

山梨の高校に通うしお爺の弁当にもマグロの赤身の醤油焼きが入っていた。
冷たいご飯にしょっぱいマグロ,旨かった記憶がある。
その山梨の高校,実は母の母校だったりする。
母を教えた教師が生活主任としてまだ在籍していたのには少し驚いた。

静岡の叔父は母親っ子だったようで,若いときに祖父と対立して家出もしたらしい。
家出して富山で働いているところを見つかって連れ戻されたと言う話を母から聞いた。

この静岡の叔父はしお爺が祖母の家に居る時,よく訪ねてきた。
なぜかしお爺のコトを「タスケ」と呼ぶ。ちなみにしお爺の名前は「タスケ」ではない。

当時,駆け落ちして連れ戻されて大阪と山梨に分けられていたしお爺,時々こっそりと祖母の家を抜け出しては身延線に飛び乗った。
その時,静岡で網を張ってしお爺を捕獲し山梨に連れ戻すのが叔父の役目だった。
本数が少なく時間のかかる身延線のコト,容易に乗った電車は想像できたハズ。
捕獲したしお爺を夜遅いにもかかわらず,車で祖母の家に送ってくれたものだった。

この叔父には子供が2人居る。しお爺にとっては従兄弟。
ただ,2人は従兄弟の中では一番下,しお爺は上から2番目,歳の差20以上(^^;
初めて会ったときにこの従兄弟には「おじさん」と言われた。
「おに~さん」と呼ばんかい,たわけぇ~(.。)☆\バキッ

7年前,この叔父の家に引き取られていた祖母が93歳で大往生した。
もともと小柄な祖母だったか,亡くなった時はうんと小さくなっていた。
葬儀の席でふと,マグロの赤身の醤油焼きを思い出した。

叔父はその1年後,祖母のあとを追うように逝った。
叔父も祖母も今は同じ場所に入っている。

二人とも,安らかに眠られるコトを。(ー人ー)

画像


なんちゃって(.。)☆\バキッ

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この記事へのコメント

梅吉にゃんこ。
2006年02月07日 22:36
おじさんとおばあさんが天国で仲良くお茶を飲んでいると良いですね。
しお爺
2006年02月07日 23:22
ウン,そう願っていますのよ。(ー人ー)合掌
どちらも大好きな人だったから…

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